<箱崎 藍之介>



「どこまで行くつもりだよ…榛名?」

  通路側に座っていた高瀬が、さっきから一言もしゃべらず窓の外を見ている榛名に話しかける。出会った時からいつもそうだ。アドレスを聞いてきたのも、先にデートに誘ってきたのも、好きだから付き合えって言ってきたのも…とにかく、何でも榛名が先手を打って主導権を握り、高瀬は後手に回って榛名に従う他なかった。お互いに埼玉県の高校野球界では好投手として知られる存在であり、二人が接近していることに何ら不思議はなかったが、まさかここまで親密な関係になっているとは誰も思わないであろう。
  返事をしない榛名に半ばあきれた高瀬は、もうどうでもいいといった表情で、再び目を閉じた。かれこれもう2時間近く電車に揺られており、景色も最初はある程度高い建物も見えてはいたが、今はトンネルと山と田んぼがローテーションで回ってるという感じだ。ゴールデンウィークに入る直前のことだった…榛名から唐突に、「連休ヒマだろ?湯治がてら温泉行こうぜ?」とメールが来た。練習も休みで特に予定もなかったし、温泉での湯治にはもともと興味があったので、すぐにOKした。…が、肝心の温泉などはすべて榛名が決めてしまっていて、高瀬は必要最低限の荷物だけ持ってやってきた。
  高瀬が眠りに堕ちようとすると、急に榛名が低い声で、「次…降りるからな」と言う。おかげで、眠りかけた頭を再び回転させることとなった。


「すっげぇ山奥だな。本気でどこまで行くのか心配だったぜ。」
  その高瀬の言葉に、榛名は少しほくそ笑んだ。駅から山を登ること約30分…まさにトレーニング以外の何物でもない気はしたが、どうにかこうにか目的の場所までたどり着いた。…と言っても、そこは立派なホテルや旅館などではなく、もともと寺だった建物を利用して、湯治客が寝泊まりするための、いわゆる宿坊に近いものであった。
  閑散とした雰囲気の中にギシギシと音を立てる廊下を進んで部屋に入ると、畳も多少波打っており、ちゃぶ台のような机と、角の方に布団が置いてあるだけで、本当に何にもなかった。
「なんにもねぇなぁ…」と高瀬が苦笑いでつぶやくと、榛名は「さすがに1泊素泊まり500円っていうだけのことはあるな」と同じような表情で言った。時刻はすでに夕方であり、もうすぐ暗くなるということもあって、二人はとりあえず明るいうちに風呂に入ることにした。


  周りを木々に囲まれ、聞こえるのは鳥の声と川のせせらぎ…。高瀬は山奥の露天風呂特有の癒し空間を満喫していた。普段は熱い風呂を好まない高瀬であったが、外気との兼ね合いで43〜4度のお湯は絶妙な湯加減であった。広い露天風呂にもかかわらず、他に客は誰もいないので、高瀬は湯船の端から端までを泳いでみた。頭まで潜って壁を蹴り、一気に対岸まで進んで顔を出すと、さっきまで見ていたのとは違う、新しく新鮮な風景を見ているような気分になった。ずぶ濡れになった少し長めの髪を両手で掻き上げていると、脱衣所の扉が開いて、背の高い綺麗な肉体の男が入ってきた。それは、もちろんのこと榛名であった。
  高瀬は榛名の裸体を見るのはこれが初めてではなかったが、それでも見るたびに、その無駄な肉が一切ない、均整のとれた高校生にしては美しすぎる肉体に、見とれてしまっていた。かかり湯をして入ってきて、高瀬の隣に並んで座った榛名は開口一番、「さっき、俺の体に見とれてただろ?」と嬉しそうに言った。高瀬は、図星をつかれたが反抗して、「男の体なんかには興味ねーよ」と言ってのけた。ただ、そんな高瀬のウソも一瞬にして榛名に見透かされてしまっていて、榛名は腹黒い笑みを浮かべながら高瀬の後ろに音もなくすっと回って、

「本当に、俺なんかに興味はないのかなぁ〜♪」

  と、楽しそうな声で言うと、一気に高瀬のモノを強く握った。榛名の突然の行動に高瀬はビックリして逃げようとしたが、暴れて万が一ケガでもさせたら、後で榛名に何をされるか分らないのでおとなしく抵抗をやめた。実は、榛名の体を見た瞬間から高瀬のモノは少しずつ反応し始めていて、隠し通そうと必死だったのだ、…が、バレてしまってはしょうがないので、榛名に従った。

「ホラ…やっぱり立ってるじゃねぇか。いやらしい奴だなお前は。」
  榛名の言葉に悔しくも反応し、興奮している自分がいる。その事実に、温泉の熱さでただでさえ頭に血が上っているのにさらに顔が紅潮してゆく。榛名は左利きということもあり、いつも自分でする時は右手の高瀬にとってはすごく新鮮で、早くもイきそうになる…が…


  『ガラッ!』
  脱衣所の扉が開く音に二人が慌ててそちらを向くと、どこかで見たことのある顔の、自分たちよりも年下の印象がある少年が入ってきて、榛名たちとは対角線の位置に腰を下ろした。…と、彼もこちらに気づいて頭を下げてきた。
  榛名は作り笑顔で頭を下げるが、高瀬の方にはそんな余裕はなかった。実は、その少年が入ってきても榛名は高瀬のモノを扱く手を止めなかったのだ。

  「ちょ…榛名…やめろ…ヤバいって…」そんな高瀬の懇願に逆に興奮した榛名は、
「いいじゃん…ここで思いっきりイっちまえよ。その方がすっきりすんだろ?」とさらに扱く手を速めた。
「ぅあっ…んっ…」
  我慢しきれずに高瀬が漏らした大きめの喘ぎ声に気づいた少年が、どこか二人の様子をうかがうような表情と目線で二人を観察し始める。

「は…るな…続きは…部屋でやろうぜ…じゃねぇと…俺…」
「やだね。今ここでイけよ。もう我慢できねえんだろ?」
「じょ…うだん…だろ?うっ…」
「もっと声落とせよ。じゃねぇとあいつに聞こえるぜ?」
「だったら…やめろよ…んっ…あっ…」


  ヒソヒソと交わされるやり取りも、もしかしたら少年の耳に届いているかもしれない。だが、榛名は自制がきかなくなっていたし、高瀬も限界に到達していた。 「はる…俺…いく…よ…」

  小さい声でそう言った高瀬のモノが水中で大きく跳ねると、そのまま何度か跳ねて、次第に硬さを失っていった。と同時に、意識が遠のいた高瀬はぐったりと榛名にもたれかかった。温度の高い湯の中での行為に、体温が上がりすぎてのぼせてしまったのだ。
  高瀬が目を覚ますと、先ほど露天風呂で一緒になった少年が、自分を団扇であおいでくれていた。意識がはっきりした高瀬は、「す…みません、ありがとう…ございます。」とたどたどしく言った。少年はにっこりと笑顔をつくると、「かまいませんよ。それと、お連れの方が今、氷を近くのお店まで買いに行ってくれてますので…といっても、20分くらいかかるんで溶けちゃうかもしれないし、まだ帰ってこないでしょうけど…」と言葉を時々濁しながらゆっくりと言った。

「でも…仲がいいんですね?お風呂であんなこと…」そう言われて、高瀬は紅くなってしまう。やっぱりバレていたのだ。恥ずかしくなったが事実なので「まぁ…そう…ですね…」と小さな声で高瀬は言った。少年の方は笑顔のままで、高瀬に風を送っている。その状況の申し訳なさに、高瀬はどうにか起き上がって、壁に背中をつけてゆっくりと座り、少年から団扇を借りて自分であおぎ始めた。

「そうだ…あなた…どっかでお逢いしたことありませんか?」高瀬が心の中でずっと引っかかっていたことを聞く。すると、

「練習試合か何かですかね?」



  という、何とも意外な言葉が返ってきた。高瀬は目を丸くして、「えっ?どこの高校ですか?」と聞き返した。
「群馬の三星学園です。…一応、お二人と同じ、投手やってます。」
 

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