つゆ

<箱崎 藍之介>



 雨は今日も降り続いている。
 昨日も一昨日も雨で、天気予報では明日も雨なのだそうだ。
 窓の外から、絶えず聞こえてくる雨音の合間に、太一さんが素麺をすする音がつるつると響く。
 何故こんなことになったのかはよく分からないけれど、僕は週に二度三度、学校帰りに太一さんの部屋に寄って、それから向かい合ってご飯を食べる。
 家から通えるんなら、わざわざ一人暮らしなんてしなくてもいいじゃないですかと、太一さんに聞いたことがある。でも、太一さんは笑いながら、「せっかくだから、社会経験」とだけ言って、あの日は、そう、僕が作った不格好なハンバーグを箸で大きく切り分けて食べたのだった。
 大学生になった太一さんは、なんだか、とっても、遠い。
 僕らはいつもご飯を食べて、それからレンタルしてきた映画を見て、シャワーを浴びて、歯を磨いて、寝る。
 うそだ。  時々は、する。
 太一さんがスパゲティをフォークで巻いている時も、二人でアクション映画を見ながら不意に僕の右肩と太一さんの左腕が触れている時も、太一さんに腕枕をされながらいつもより二割増しくらい甘い声で名前を呼ばれるときも、太一さんはとても、遠いのだ。
 僕は氷水をはったボウルから、素麺をすくい上げて、つるつるとすする。
 太一さんも同じようにして、つるつるとやる。
 つるつる。
 つるつる。
 「あの」
 つるつるの応酬の釣られるように、僕はするりと声を出した。だけども、何も言えないままに「いや、なんでもないです」と言って、またつるつるやり始めてしまう。
 太一さんは、「変なの」と不思議そうな顔をしてからそれだけ言って、自分の器にめんつゆを少しだけ注ぐ。
 濃縮のつゆを、どうせ食ってるうちに薄まるからと言って、そのまま使うところがいかにも太一さんらしい。
 たぶん、そういうところが好きなのだ。昔から。
 でも、僕は太一さんには近づけない。これまでも、そしてこれからも。
 なんだかちょっと泣きそうになったけれど、僕はこらえて、それから太一さんのするように、めんつゆを薄めずに器に注ぎ、そこへ勢いよく麺を入れ、一息にずるっとすすった。
 鰹だしの濃い味が、口の中にしみしみと広がっていく。
 太一さんは少しずつ遠ざかってしまう。
 僕の背は今年も少しだけ伸びる。
 めんつゆは少しずつ薄くなっていく。
 
 雨は今日も降り続いている。   
 
 

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